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横浜地方裁判所 昭和47年(ワ)477号 判決

原告 浅見吉重

右訴訟代理人弁護士 浅沢直人

同 瀬沼忠夫

被告 相鉄興業株式会社

右代表者代表取締役 土志田保則

右訴訟代理人弁護士 柳川澄

同 柳川従道

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者双方の申立

一  原告

「被告は原告に対し一九〇〇万円およびこれに対する昭和四六年三月一日から右完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言を求める。

二  被告

主文同旨の判決を求める。

第二当事者双方の主張

一  請求原因

(一)  原告は、被告より横浜市西区南幸一丁目七番地所在鉄筋コンクリート造陸屋根四階建地下付店舗兼映画館兼劇場(通称相鉄文化会館)の地下一階の売場二ヶ所四一・九七平方メートル(別紙図面赤斜線部分)売場ケース七個分(以下本件売場という。)を昭和四〇年三月から期限の定めなく賃借し、浅見商店の商号で輸入食品および雑貨類の販売業を営んでいた。

賃料は総売上高の一五パーセントとし、その精算方法は、毎日閉店後被告会社の使用人が来店してレジスターを開き、売上金を計算してそのまま被告会社に持ち帰り、毎月二回精算して被告はその一五パーセントを控除し、残額八五パーセントを原告に返却する方法によっていた。

(二)  被告の親会社たる訴外相模鉄道株式会社(以下訴外相鉄という。)は、昭和四二年頃より横浜駅西口の再開発を計画し、相鉄文化会館を含む附近建物の増改築を行うことになり、これに伴い、被告は昭和四五年一〇月二七日原告に対し、契約を解除する旨ならびに昭和四六年二月末日限り店舗を閉鎖して明渡すよう口頭で申し入れてきた。

(三)  これに対し原告は移転先の提供と建物改築後の復帰方を被告に要請したが、被告は、当時相鉄文化会館内にいた原告以外の約六〇店の借店人に対しては、建物改築中の仮営業所を提供し、あわせて建物完成後復帰させることを確約していたにもかかわらず、原告に限り右申し入れを拒否し、昭和四六年一月一六日付書面をもって店舗閉鎖の通告をなし来たり、また同年二月二三日付内容証明郵便をもって、原告に対して店舗閉鎖ならびに商品撤収の要求をしてきた。

(四)  しかし原告は、被告が他の有力な借店人に対しては仮営業所を提供しあるいは建物完成後の復帰を認めながら、ひとり原告に対しては弱小業者なるが故にかかる冷酷な措置をとることは到底納得できないので、被告に対しその要求に応じ難い旨を回答したところ、被告は、同年三月一日早朝不法にも実力をもって原告の店舗に立ち入り、原告の商品を勝手に他に搬出し、店舗を閉鎖して、原告の営業継続を不能ならしめた。

(五)  原告は被告の右不法行為によって次のような損害を被ったので、被告は原告に対し右損害を賠償すべき義務がある。

(イ) 原告は、昭和四〇年三月以降昭和四五年一二月までの間本件売場において毎月平均一〇〇万円を売り上げ、三〇万円の純利益を挙げていたが、被告の前記不法行為により営業不能に陥り、そのために右不法行為がなければ得べかりし五年間の純利益合計一八〇〇万円を喪失した。

(ロ) 被告が本件売場にあった原告の商品を不法にも他へ搬出したため、右商品が不良品となったことによって、商品価値相当額合計一〇〇万円の損害を被った。

(六)  よって、原告は被告に対し、右合計一九〇〇万円およびこれに対する不法行為の日たる昭和四六年三月一日から右完済に至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する答弁および被告の主張

(一)  請求原因(一)の事実のうち、原告がその主張の場所において売場ケース七個を使用してその主張の如き業務を営んでいたことおよび売上金の処理ならびに被告が原告の売上高の一五パーセントを控除し、残額八五パーセントを原告に交付していたことは認めるが、その余の事実は否認する。

同(二)の事実は認める。

同(三)の事実のうち、原告がその主張のような要請を被告に対してしたこと、被告が当時の相鉄文化会館内の借店人(その数は約五〇店である。)のうち一九店に対して仮営業所を提供し、さらに二〇店に対して建物完成後復帰させることを確約していたことならびに被告が原告に対しその主張のとおり店舗閉鎖の通告および店舗閉鎖に伴う商品撤去の要求をしたことは認めるが、その余の事実は否認する。

同(四)の事実のうち、原告が被告の右要求に応じ難い旨の回答をしたことおよび被告が昭和四六年三月一日本件売場内にあった原告所有の商品を他に搬出したことは認めるが、その余の事実は否認する。

同(五)の事実のうち、本件売場における一ヶ月の平均売上高が一〇〇万円であったことは認めるが、その余は否認する。

同(六)は争う。

(二)  本件売場の存する相鉄文化会館ビルは訴外相鉄の所有であり、被告はその一部を同会社から賃借し、賃借部分の一部分は自ら使用し(本件売場はこれに属する。)、他は同会社の同意を得て第三者に転貸していたものである。

(三)  本件売場に関する原、被告間の契約関係は、世上デパートなどでよく行われている「売上仕入」と称する物品の購入契約を伴う物品販売業務の委託契約であり、その営業は委託者たる被告に属し、原告は単なる物品販売業務遂行の受託者にすぎない。すなわち、本件売場の設けられていた場所は、相鉄文化会館と相鉄会館とを結ぶ連絡通路で、消防法の規定によりもともと正規の店舗として使用することのできない場所であったが、被告において仮設的一時的設備を設けて物品販売業を直営することとし、ただその業務遂行を原告に委託する方式をとったものであって、当局からの申し入れその他右営業を廃止する必要が生じたときは、被告において何時でも原告に対する右委託を解約して営業を廃止し、設備も撤去できる旨の約定のもとに、右営業が開始されたものである。このように、本件売場は、これを他に賃貸することはもとより、同所における第三者の自営を認める如き契約をなし得る場所ではなかったのであり、原告もこの事情を充分承知していたものである。

(三)  かくして原、被告間に成立した契約の内容の骨子およびその営業の実態は次のとおりである。

1 本件売場の諸設備すなわち商品陳列ケース、照明、看板はもとより、金銭登録機(レジスター)に至るまで、すべて被告がその費用で設置したもので、原告が売場に持ち込んだものは商品のほかはたかだか商品カバーその他の雑品にすぎず、原告が販売に際して使用した包装紙も、原告の商号が表示されていない市販のものであった。

2 原告は商品を持ち込み、売子を派遣するものとされていたが、原告の使用する売子等の従業員については予め被告の承認を受け、かつ承認後においても被告が不適当と認める者についてはその交替を要求できるものとされていた。

3 売上金は売上の都度被告設置のレジスターに直ちに収納することとし、原告またはその従業員が原告の売上金として収納することは許されていなかった。レジスターへの収納は、取引開始後ほぼ昭和四〇年一杯は、被告の従業員たる女子現金出納員が、全営業時間を通じて本件売場においてレジスターを操作して直接売上金の収納にあたったが、その後は原告の従業員に右収納行為を代行させることに切り替えて、営業閉止時に至った。また、顧客に対して発行する領収書は、被告名義(相鉄文化会館名)のものであった。

4 レジスターに収納された売上金は、毎日営業時間中は被告の従業員が数回時間を定めて各レジスター毎に売上額をチェックしてまわり、午後六時ないし七時頃被告の係員がレジスター中の売上金を全部(ただし、釣銭は残す。)引き上げて売場事務所へ収納し、当日の売上として記帳していた。

5 原告は自己の名義と計算で商品を仕入れ、これを本件売場において販売するが、原、被告間においては、原告が本件売場において顧客に販売した商品につき、現実に販売された都度、これを被告が原告から仕入れたものとされ、したがって、前記のようにして被告が収納した売上金については、被告は当然にこれを自己の営業収入として経理処理するとともに、毎月一定時期にこれを締切り(取引開始後昭和四四年一〇月までは毎月一五日および月末の二回締切り、それ以後営業閉止時までは毎月末日の一回締切り。)、その間の売上総額の八五パーセントに相当する金額を算出して仕入伝票を起し、これに基づいて原告に書面(通知書)で通知し、原告はこの通知書に基づいて請求書を被告に送付し、被告は、原告から請求書の送付があると、振替伝票を起して仕入を買掛金に振り替えた上、同金額を原告の銀行口座に送金して支払を了していた。

6 毎年中元、年末の各時期に西口振興協議会(横浜駅西口一帯の商店は、名店街、相鉄文化会館などの数ブロックを構成し、これらのブロックが更に連合して上部組織である西口振興協議会を構成していた。)が行っていた抽せんによる福引きおよび売出し期間中の相鉄文化会館内の一斉飾りつけに際しての本件売場についての費用はすべて被告において負担し、原告には一切負担させていない。この場合、相鉄文化会館内の他の自営店舗は各自費用を負担していた。

7 電力、冷暖房などの一般共益費についても、原告には一切負担させたことはない。

(四)  本件売場閉鎖の経緯は次のとおりである。

1 昭和四二年一〇月、訴外相鉄は横浜駅西口開発計画を発表したが、その骨子は、当時横浜駅西口に存したビル群に代えて、これを一体化して高層化するため新相鉄ビルを建設し、交通機関との連絡も改良し、もって横浜駅西口のより高度な利用を図るというものであった。右計画によれば、本件売場の存する相鉄文化会館ビルはこれを取りこわし撤去することとされていたが、右計画の遂行は横浜駅西口の発展のためには必須のものであって、被告も相鉄グループの一員としてこれに全面的に協力すべき立場にあったのである。

2 右計画の進行上、相鉄文化会館は遅くとも昭和四六年二月末日限り閉鎖する必要のあることが昭和四五年までに既に明らかになっていたので、被告は、同会館の自己の直営売場について販売委託取引中の業者(原告を含む。)に対し、同年一〇月二八日、口頭で右の経過を説明の上、昭和四六年二月末日限り取引を終了するから、同日限り各自搬入の商品類を引き上げるよう通知した。

3 翌昭和四六年一月、被告は、右口頭による通知の趣旨を重ねて確認するため、同月一六日付「横浜駅西口再開発に伴う店舗閉鎖について」と題する書面をもって、原告を含む取引業者に対し、同年二月末日限りの被告直営店舗閉鎖による取引停止ならびに商品等の搬出方を通知した。

4 同年二月一九日、被告は、直営店舗に関する取引業者の出席を得て会合を開き、従来の取引について謝意を表して薄謝を進呈しようとしたところ、ひとり原告のみが同月末日以降の営業継続を強硬に主張してその受領を拒み、被告が重ねて説得を試みたがこれに応ぜず、物別れに終った。

5 被告は、同月二三日付内容証明郵便をもって、原告に対し重ねて同月末日限り本件売場を閉鎖する旨通知し、あわせて商品等の撤収方を依頼するとともに、原告が自らこれを行わない場合には、被告において保土ヶ谷区天王町所在の被告の天王町倉庫に保管替えするので、同年三月一〇日までにこれを引き取るよう通知した。

6 被告は同年二月末日をもって相鉄文化会館内の本件売場を含む直営店舗全部を閉鎖したが、原告は、同日までに本件売場に搬入した商品を撤収しなかったばかりか、翌三月一日被告到達の書面をもって商品の撤収を拒否する旨回答して来た。

7 そこで被告は、やむなく商品等の原告遺留品の保管替えを行うこととし、三月一日第三者立会いのもとに平穏裡にこれを段ボール箱に梱包のうえ前記天王町倉庫へ運搬架納するとともに、右保管替えに係る商品等の品目、数量を点検して一覧表を作成し、これを原告に送付して、同月一〇日までに右商品等を引取るよう求めた。

8 しかるに、原告は右期限までに右商品等を引取らなかったので、被告は同月一一日、原告に電話で重ねて引取りを求めたが、原告はこれを拒否した。

9 被告は、時間の経過により右商品等に毀損、滅失、腐敗のおそれがあることを考慮し、同月二〇日、右商品等をトラックに積載してわざわざ浦和市内の原告の自宅まで輸送し、原告に対してその受領を求めたが、原告がこれを拒否したので、やむなく持ち帰り、再度前記天王町倉庫に架納した。

10 その後被告は原告に対し、同年四月一日付内容証明郵便をもって、保管中の右商品等の毀損、滅失、腐敗等による損害の発生を避けるためやむなくこれを換価処分する旨通知したが、原告は、同月一三日付内容証明郵便をもって、右換価処分をも禁ずる旨回答してきたので、右商品等は前記天王町倉庫に架納されたまま現在に至っている。

(五)  以上の次第で、原、被告間の前記契約関係は、被告の解約申し入れにより昭和四六年二月末日限り適法に終了したというべきである。

そして、被告が右同日限り本件売場を含む直営売場全体を閉鎖したのは、自己の営業を自ら終止したもので、これにつき原告からとがめだてされるいわれは全くない。

また、原告が本件売場に遺留した商品等を被告において前記天王町倉庫へ搬出保管したことは、本来原告が前同日限り搬出すべき義務があるのにこれを行わなかったため、売場閉鎖後の整理作業の妨害となったこと、およびもはや売場でなくなった場所に放置したままにしておくことが無意味かつ不適当となったことにより、保管に適当な場所に平穏に移動させただけのことで全く適法な処置である。

(六)  仮に、本件売場における物品販売行為が原告の営業であり、かつ本件売場の使用関係が賃貸借であったとしても、本件売場は、前記のような通路部分に陳列ケースを並べて看板等の若干の付帯設備を施しただけの、使用部分に独立性のないいわゆるケース貸しであって、借家法の適用を受けないものであり、右賃貸借は被告の解約申し入れにより昭和四六年二月末日限り適法に終了したから、いずれにしても、本件売場においてその後も営業を継続できたことを前提とする原告の本訴請求は失当である。

(七)  また、原告は被告が商品を他へ搬出したため不良品となったと主張するが、本件売場の閉鎖に先立ち予め原告に対して再三その引取り方を要請し、引取りのない場合の保管場所も明示し、保管開始後は保管品の一覧表を作成交付して引取りを求め、更に保管品を原告住所に持参してその引取りを求めることまでしているのに、原告は引取りを拒んでいるのであるから、仮に時日の経過により不良品が生じたとしても、それは偏えに原告自身の責に帰すべきものであって、被告がその責任を負ういわれはない。

三  被告の主張に対する原告の反論

(一)  被告は、原、被告間の契約関係をもって売上仕入方式による物品販売委託契約であると主張するが、およそ商品の委託販売契約とするからには、商品の所有権は委託者にあり、受託者は善良な管理者の注意をもってこれを保管し、誠実に販売する義務を負うものであるが、原告が本件売場において販売していた商品は、すべて原告が自己の名義と計算で仕入先から仕入れ、自ら代金を支払っていたものであって、右商品が原告の所有であったことは明らかである。また、右商品をいくらで販売するかは専ら原告がその裁量によって決めていたもので、被告の介入を全く許さないところのものであり、店員も原告が自ら雇い入れたもので、包装紙も原告の選定によるものである。このように、原、被告間の契約関係は委託販売の観念をいれる余地は全くなく、被告の主張は失当である。

(二)  原告が被告に支払っていた賃料は一般に行われている定額賃料ではなく、いわゆる歩合制すなわち総売上高の一五パーセントという金額の不確定な割合制となっているが、賃料が定額制でなければならぬという法律上の根拠はなく、物の使用の対価たる性質を有する以上、このような歩合制を用いたからといって、賃料の性質を否定すべきではない。

しかして、本件売場は他の店舗から独立した占有の対象となり得るものであったから、本件売場の賃貸借には借家法の適用がある。

(三)  仮に、原、被告間の契約関係が被告の主張するような販売委託契約であるとしても、原告は、浅見商店の看板を掲げ、原告所有の商品を原告の使用人たる店員を販売させて、本件売場を占有していたものであり、右占有も他の店舗から独立して存在していたのであるから、右占有は当然法の保護に値するものである。

(四)  されば、本件売場をめぐる原、被告間の法律関係がどのようなものであれ、本件売場の所有権者でもない被告が、法律の定める手続によることなく、実力をもって原告の本件売場に対する占有を侵奪し、原告の商品を持ち去って、原告の営業遂行を不能にした以上、被告が右不法行為による一切の損害賠償責任を負うべきことは明らかである。

第三証拠関係≪省略≫

理由

一  原告が本件売場において売場ケース七個を使用して輸入食品および雑貨類販売の業務を営んでいたことは当事者間に争いがない。

二  原告は、本件売場を被告から賃借し、自己の営業として右販売業務を行っていたものであると主張し、これに対し、被告は、原、被告間の契約関係は「売上仕入」と称せられる物品購入契約を伴う物品販売業務委託契約であって、本件売場における営業の主体は委託者たる被告であり、原告は受託者としての立場において本件売場を使用していたものであって、本件売場については賃貸借関係の成立はない旨主張するので、まず原、被告間の本件売場をめぐる契約関係の内容、性質について考える。

(一)  ≪証拠省略≫を総合すると、次の事実が認められる。

1  本件売場のあった場所は、被告が訴外相鉄から賃借していた相鉄文化会館ビルの地下であって、同会館と高島屋とを結ぶ連絡通路上である。

右の場所は火災等の災害の際の避難通路とされていて、避難通路としての用途を阻害するような固定的な店舗を開設することは許されなかったところから、被告は、右通路の壁面に添って容易に移動、取毀できる形式の売場を設け、いわゆる直営方式により、食品類を中心とする物品の販売業務を営むこととし、これを「お好み食品街」と名づけた。

2  原告は、昭和四〇年三月被告と取引を開始し、当初「お好み食品街」の別の場所で被告から売場ケースを借り受けて輸入食品の販売業務に携っていたが、約二年後被告の指示によって本件売場に移動し、同業務を継続した。

3  右取引開始に当り、原告は、取引申請書と誓約書を被告に差し入れただけで、売場についての賃貸借契約書は作成せず、権利金、保証金、敷金等の支払をしなかった。

4  本件売場は、前記通路の壁面に添って陳列ケース、陳列台を並べ、これらと壁面に備え付けられた陳列棚に商品を陳列して販売する形式のもので、特に壁、柱等による区切りはなく、通路側も夜間閉店時にカーテンを引いておくだけのことであった。

5  右の陳列ケース、陳列台、陳列棚をはじめ、照明設備、看板、金銭登録機(レジスター)、電話機等本件売場の諸設備はすべて被告がその費用で設置したもので、その所有に属し、原告が持ち込んだものはたかだか陳列台を乗せる木製の台、商品カバー程度のものにすぎなかった。

6  本件売場において販売に従事する店員は、取引開始当初を除き、原告が自ら雇傭した従業員を派遣していたが、前記誓約書によれば、原告が派遣する従業員については予め被告の承認を受けることとされ、承認後であっても被告が不適当と認めた場合は他の適当な者と交替させるものとされていた。

7  本件売場において販売する商品は、原告がその名義と計算のもとに仕入先から仕入れ、自ら仕入代金を支払っていたが、被告は仕入れる商品の品質、種類、数量について原告に指示できる立場にあり、実際にも指示したことがあった。

8  前記誓約書によれば、原告またはその使用人が売上金を直接収納するような行為はしないものと約されており、取引開始当初は被告の従業員たる現金出納員が終始売場に在って直接売上金の収納にあたっていたが、その後は原告が派遣した従業員に右収納行為を代行させていた。

顧客に対して発行する領収書はすべて被告名義(相鉄文化会館名)のものであった。

9  本件売場のレジスターに収納された売上金は、被告の従業員が毎日数回定められた時間に各レジスター毎に売上金額をチェックしてまわり、毎日午後七時か八時頃、被告の係員がレジスター内の売上金を全部集金して被告の売場事務所に収納していた。

10  右のようにして収納された売上金は被告の営業収入として経理処理され、被告は、毎月一定時期に(取引開始後昭和四四年一〇月までは毎月一五日と末日の二回、それ以降は毎月末日の一回)これを締切り、その間の売上総額の八五パーセントに相当する金額を算出して仕入伝票を起し、その金額を通知書によって原告に通知し、原告は右通知に基づいて請求書を被告に送付し、被告は、原告から請求書の送付があると、振替伝票(仕訳伝票)を起して営業費(仕入費)を買掛金(仕入費)に振り替えた上、同金額を原告の銀行口座に送金して、支払を了していた。

11  本件売場において販売された商品について顧客からのクレームが生じたときは、専ら被告が売主としてこれを処理していた。

12  前記誓約書によれば、被告が経営上必要とするときは、売場の位置、面積を変更し、あるいはその返還を求めることができ、原告はこれにつき何ら異議を申し立てないこととされ、原告は、本件売場を自己の営業所、出張所または事務所として使用せず、本件売場を原告の住所または営業所とする第三者に対する手形上の行為、小切手の振出、借入、買付その他被告の信用を利用するような行為をしないものとされていた。また、本件売場における原告の財産を譲渡しまたは担保に供する行為をしてはならないものとされていた。

(二)  次に、≪証拠省略≫によれば、次の事実が認められる。

1  百貨店、ショッピングセンター、駅ビル、名店ビルなど、一定区域における大規模な物品販売業等の集合体であって、その経営ないし運営が全体として当該場所の所有者または使用権者である特定の企業体(以下これを経営主体という。)によって行われているものにおいて、当該場所における物品販売に外部の業者(以下これを業者という。)が関与する形態としては、大別して、(A)業者が当該場所の一部を経営主体から借り受け、自ら営業の主体としてその計算と責任において営業を行い、経営主体に対して場所使用の対価として賃料を支払うという賃貸借形態によるもの(この場合、業者は「出店者」または「テナント」と呼ばれる。)と、(B)経営主体自らが営業の主体となって直接物品販売業務を行い、業者がその商品を納入することを基本とするもの(「取引契約」と呼ばれ、このような形態により関与する業者を、前記「出店者」または「テナント」と区別して「取引業者」と呼ぶことが多い。)とがあり、後者には更に、(イ)商品納入時において経営主体が業者から買い入れる商品の品目、数量および経営主体が業者に支払う仕入代金の額が確定して売買が完了する単なる納入契約と、(ロ)業者が商品を納入した時点では経営主体が買い入れる品目、数量は確定しておらず、商品が経営主体により一般の顧客に販売されたときに、その時点でその商品を経営主体が業者から仕入れたことになる、「売上仕入」と呼ばれる取引形態とがある。

2  右の賃貸借形態においては、規模としては独立した店舗用区画の賃貸借から単なる一定面積の賃貸借までさまざまであるが、あくまで一定の固定的場所の賃貸借である旨およびその対象たる場所が図面等によって明確に合意され、賃貸借契約書が作成され、敷金、保証金の預託がなされるのが常態であり、営業の主体は業者であるから、営業用の設備、造作等は業者の負担においてなされるのが通例で、売上金は当然のことながら業者に帰属し、顧客に対する責任も業者が直接負担することになる。経営主体は、不動産の貸主としての権利を行使するほかは、業者の営業の方針等について干渉することは原則として許されず、賃貸場所の変更、増減も業者の同意がない限り行うことができない。賃料は定額が原則であるが、特殊な場合には業者の売上額に対する歩合制を採用しているものもある。しかし、その場合にも賃料であることは明確に合意されているのみならず、最低賃料額の設定がなされるのが常態である。

3  これに対し「売上仕入」の場合は、あくまでも商品の納入契約を基盤とするものであるから、営業の主体は経営主体であって(その意味で「直営店」と呼ばれている。)業者との間には場所の賃貸借の観念はなく、したがって、使用場所の位置、面積については明確な定めがなく、売場の変更、移動は経営主体においてこれを自由にすることができるし、売場の設備の設置、変更は原則として経営主体の費用において行い、業者はこれを無断で変更できない。また、賃料についての合意がなく、敷金、保証金の預託がなされない。営業方針についての最終決定権は経営主体にあり、商品の種類、顧客に対する販売価格は経営主体において決定し得ることが原則であるが、業者にその決定を委ねることもしばしば行われており、特に仕入経路、商品の選定、売れ行き等に特殊な知識を有したり、個別単価が小さく、種類の多い商品等については、業者に決定を委ねることが多い。この形態においては、納入された商品が一般の顧客に販売され得るか否かのリスクを業者において負担することになるので、販売を促進するために、業者が自己の従業員を経営主体の売場に無償で派遣して販売行為にあたらせることが多く行われ(これを「派遣店員」と呼んでいる。)、売子が全部派遣店員である場合もしばしばある。この場合も営業の主体が経営主体であることにかわりがないから、派遣店員は経営主体の販売行為を代行しているものであり、派遣店員の適否の決定権および業務遂行上の指示権は経営主体に留保されている。商品が一般顧客に対して販売されると、その時点でその商品を経営主体が業者から仕入れて顧客に販売したことになるから、売上金は直ちに経営主体に帰属し、業者が売上金を自己のものとする行為が禁じられる。また、顧客に対する責任は経営主体がこれを負担する。そして、経営主体から業者に対しては、一定期間中の売上総額に一定率を乗じて算出される金額が仕入代金として支払われ、売れ残った商品は経営主体において仕入れないことが確定する。この取引形態においては、場合によって業者の商号等が売場に掲示され、外観上あたかも当該業者の営業店舗であるかの如く見えることがあるが、これは、商品のイメージを高める効果と業者への督励を意図して、経営主体が承認した場合にのみ行われるもので、営業の主体が経営主体であることにかわりはない。なお、業者は売場を自己の営業所、事務所として使用することを禁止される。

4  右の売上仕入は、経営主体の側からすれば、実際に顧客に販売した商品のみを仕入れればよいので、販売上のリスクが避けられること、業者の専門的知識と能力を活用でき、特殊な商品も販売できるため、広範囲の顧客を誘引できること、販売行為を業者に代行してもらえること、出店者に賃貸した残余の部分、通路部分など、賃貸借に適さないスペースを活用できることなどの利点があり、業者の側としても、自己の商品知識を生かし、店員を派遣して販売量が上れば、商品納入額が増加して利益があがるうえ、賃貸借による出店をすれば多額の敷金、保証金を必要とするような場所において、これらの資金の調達を要しないで、事実上経営主体の営業の利益に与ることができる利点があり、これらの点で双方の利害が合致するため、この形態による取引は業界でかなり広範囲に行われている。

5  売上仕入の形態による取引は、最長三ヶ月程度の相当の予告期間をおくことにより、経営主体において自由に終了させることができ、これに対して業者は異議を述べることができないものとされている。

(三)  以上によれば、本件売場をめぐる原、被告間の契約関係は、まさに右にいわゆる「売上仕入」の方式による取引契約にあたり、その基礎は前記業界における取引慣行にあるものと認めるのが相当である。

しかして、本件売場における物品販売業の営業の主体は被告であって、原告は、被告との間の納入契約に基づいて商品を納入し、その商品の販売を促進するために、被告の承認を得て自己の従業員を本件売場に店員として派遣し、被告のなす販売行為を代行させていたにすぎないものと認められ、本件売場についての賃貸借契約が原、被告間に成立していたものとは認め難く、また、原告が本件売場を自己のためにする意思をもって事実上支配していたものとも認められないから、原告の本件売場についての占有もこれを認めるに由ないものというべきである。

三  次に、請求原因(二)の事実および被告が昭和四六年三月一日本件売場を閉鎖して同売場内にあった原告所有の商品を他に搬出したことは当事者間に争いがなく、≪証拠省略≫によれば、右本件売場閉鎖に至る経緯および右売場閉鎖後における原、被告間の商品引取りをめぐる交渉の経過は、被告の主張(四)のとおりであったことが認められる。

しかして、本件売場における営業の主体が被告であることはさきにみたとおりであって、被告が、その経営上必要性のあるときは、本件売場を閉鎖する自由を有することはいうまでもないところであり、原告が、被告との取引開始にあたり、被告が経営上必要と認めて本件売場の返還を求めたときは異議なくこれに応ずる旨の誓約書を被告に差し入れていることはさきにみたとおりである。もっとも、さきにみたとおり、「売上仕入」方式の取引契約においては、その取引関係が程度の差こそあれ継続的取引関係であることに鑑み、経営主体の側から取引を終了させるについては、最長三ヶ月程度の相当の予告期間をおくべき旨の取引慣行があるものと認められるけれども、被告が原告に対し、昭和四五年一〇月二八日、本件売場に関する取引を昭和四六年二月末日限り終了する旨口頭で申し入れたことは、右に認定したとおりであるから、原、被告間の取引契約は、右解約の申し入れにより、昭和四六年二月末日限り適法に終了したものというべきである。

四  してみると、被告が同年三月一日本件売場を閉鎖した行為は何ら違法なものではなく、右行為を違法とし、原告が本件売場について賃借権を有し、本件売場を占有して、自ら独立して物品販売業を営業していたことを前提とする原告の主張は、その前提自体失当であるから、理由がない。

また、原告は、被告が本件売場内にあった原告所有の商品を他に搬出した行為を違法とし、これによって右商品が不良品となったことにより被ったとする損害の賠償を求めているが、被告は、本件売場の閉鎖に先立ち、原告に対し前記取引終了時において本件売場内にある原告所有の商品を搬出するよう再三にわたり催告したうえ、原告が右催告に応じず本件売場内に遺留していた商品を、原告に予め通告しておいた他の保管場所へ移したにすぎないものであり、その後も、二度にわたり書面または口頭でその引取り方を催告し、更には右商品を浦和市内の原告の自宅までトラックで搬送してその引取りを求めたにもかかわらず、原告が何ら正当な理由なくしてこれを拒絶したため、やむなく前記保管場所においてその保管を継続しているものであることはさきにみたとおりであって、この間に被告のとった措置に何らの違法の点を認めることはできない。したがって、原告の右主張も失当である。

五  以上の次第で、原告の主張する被告の不法行為は成立しないものというべきであるから、被告に対し右不法行為による損害の賠償を求める原告の本訴請求は、その余の点について判断を加えるまでもなく、失当として棄却を免れない。

よって、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 魚住庸夫)

〈以下省略〉

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